スホーイ Su-7 は旧ソ連のスホイ設計局で作られた…攻撃機とか、戦闘爆撃機とか言われる機種。
設計局 というのはつまり、飛行機メーカーみたいなもん。ボーイング、とか、三菱、とか スーパーマリン とかそんな感じである。
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スホイのロゴ ロシアのロゴは大体カッコイイ |
攻撃機…つまり、普通に反撃してきたり移動する目標を爆撃するための飛行機。
この任務にも色々なパターンがあるものの…この子はスピードタイプ。危険な敵地を 低い高度でも高速で 飛べる事が望ましい。高いところからだと攻撃当たらんからね…レーダーにも見つかるし。
低高度は大気が邪魔で、高速を出すのは結構難しい。
ところがこのナナちゃんはこの中でも結構な速度が出る(海抜高度でマッハ0.94、音速超えるという話も)。奇襲や偵察には非常に有利。さらに風が吹こうが何しようがまっすぐ飛ぶ安定性も備えていて、突風の危険な低空を駆け抜けるにはピッタリな性能を持つ。ついでに言えば滅茶苦茶壊れにくくメンテも楽と、前線勤務が常の攻撃機にもってこいな作りを備えていた。
…それなら、なんでナナちゃんあんなに自己評価低いのかって?
それ以外の問題が致命的だから
まず武装搭載量が少ない。具体的にいうと1200Kg。
明らかに小柄なエタンダールIV(Δの女神)ですら1360Kgは積めてしまう(超少ない)。参考までに、1世代前の戦闘機・F-100は3190Kg、F-4に至っては7000Kgオーバー。搭載量が少なければ当然、与えられるダメージが減ってしまう。核でも使えば別だけど…
この問題と関連して、航続距離も短い。燃料があんまり積めないからね…単体では1130km程度。増槽(外付け燃料タンク)を2つ積めば1650Km程度にはなるものの、貴重な搭載量1200Kgとハードポイントを圧迫する。脚の長短で使い勝手がどれだけ変わるか、提督諸氏なら零戦22型(熟練)でよくご存知の事でしょう。
さらに、速度優先の設計の弊害で滑走距離が大変長い。スピードがノるまで揚力が足りず、助走がものすごく長くなってしまう。戦場の近くにそんな長い滑走路があるとは限らない訳で、使いにくくて仕方がない。ちなみに、搭載量を減らせば 多少は短くなる
着陸時もスピードを落とせず、すごい速度で地面に突っ込むはめになる。
コクピットの視界が大変悪いのも、着陸の危険性を底上げしている。
運動性が悪い…つまりあんまり曲がらないために敵戦闘機がくるとヤバい、なんていうのもあるが、前述の問題から見れば微々たるものだろう。
1950年代、ソビエト連邦の航空関係者は悩んでいた。
マッハ2の世界に相応しいのは 従来の後退翼か デルタ翼か
高速を出すには 翼に角度がある方がいい という事は分かっていた。
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F-86 MiG-15も全くおなじ角度が付いている |
これは後退翼 と呼ばれるもので、航空機の速度が増す毎に角度がキツくなっていく。おまけに翼自体が薄くなり、段々と強度とかに不安が出てくる。
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BAC ライトニング 心底不安になる作りをしている |
この角度が50度を超え、翼端と胴体の距離が縮むにあたり
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西側デルタの雄 ミラージュiii |
もういっそ二等辺三角形でいいんじゃね?
となるのは、自然な発想だろう。これをデルタ翼という。
こうなってくると素直にデルタ翼を使えば良さそうに思えるのだが、実際はちょっと困った事になっていた。
それほどの差が出なかった
ソビエトのNASA的なところ(イクォールではない)TsAGIでは後退翼・デルタ翼について実験を重ねたものの、少なくとも速度性能で差は出なかった。どちらが良い、と言い切れそうにない。
もう実際に作って比べるのが早い
そう結論づけたソ連上層部はミグ設計局とスホーイ設計局に
同じような胴体に後退翼・デルタ翼をつけたマッハ2級戦闘機 の製造を指示。
こうして作られた
「ミグのデルタ翼機」が
MiG-21に、
「スホーイのデルタ翼機」が
Su-9(
Su-15の前任機)に、そして
「スホーイの後退翼機」が
Su-7になっていった。
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スホイ |
ミグ |
後退翼 |
Su-7
Public domain |
Ye-2(不採用) Public domain |
デルタ |
Su-9 Public domain |
MiG-21 Public domain |
つまり…Su-7 は単に"マッハ2級戦闘機" しかも、高速で高空に駆け上がる"インターセプター"としての設計が元になっている。おおむねこの辺が原因。
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三面図ふたたび Public domain |
とにかくスピード重視で作られた主翼は60度の強烈な後退角を持つ。キワモノ名機として名高いイングリッシュ・エレクトリック・ライトニングと同じ急角度。これだけ角度をつけてやると、翼の横幅(アスペクト比という)はかなり低くなる。
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キワモノの姿 編集してる私は大好きです GFDL 1.2 |
ざっくばらんに言って、翼は横幅が狭いと揚力が発生しにくく(揚抗比が低い)、特に低速≒離陸時の効率が悪くなる。短距離離陸を狙うFi-156なんかは、ものすごく幅のある主翼を持っている。
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シュトちゃん 本作だけやってると判りにくいが、本来すんごく地味な機体 Public domain |
強烈な後退角の主翼をもつSu-7は離陸に弱く、滑走は長いし、重いと離陸できないので搭載量も減る。着陸時も300km/h近い速度で地面に叩きつけられる事となってしまい、いちいち危険な目に合わねばならない。空力最優先で設計したコクピットも無茶苦茶視界が悪く、着陸の困難さに拍車をかけている。
安定性が高い、というのは、飛行機界では基本的に曲がらないとイコールなので
割と何ともならない。この辺を(コンピュータ制御なしで)両立した
F-5とかは稀代の名機とされるレベル。安定性⇄機動性 の問題は色々な要素が絡み面倒なのだが、重さの割に主翼が小さい(翼面積荷重が高い)と横風に強くなり"低空での安定性が高い"機体になる。この評価を得た他の機体は
Q-5、
F-1など。ものの見事に短航続距離・弱搭載量で有名な機体…この能力の宿命なのです。
航続距離の問題は簡単、燃料があまり積めない からである。
まず胴体。機首にインテークを配置するこのデザインはTsAGIの研究で割り出されたマッハ2戦闘機に最適の形で、無駄がない。ないのだが、燃料を入れるスペースもなくなってしまった。Su-7は複雑な電子機器とかがないのでこれでもマシな方で、同じ胴体にレーダーを搭載したSu-9は相当悲惨な事になっている。
主翼にも一因がある。マッハ2を狙った主翼(通常後退翼)は
かなり薄っぺらい。同じくマッハ2級戦闘機の
F-104は博物館で角にカバー付けてあるわ、
野菜を切った写真があるわというほど…
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中々厳しそう Public domain |
そこまで極端ではないにしろ、配線・配管を通した上でタンクを入れる余裕はないのである。デルタ翼なら厚みがあって燃料スペースに使えるんだけどねえ…件のSu-9はここに燃料を逃している。
これらの問題が無視された理由はまあ、色々あるのだろうけど…最大の原因は冷戦の狂気
すなわち、超音速で突っ込んで核を1個落とせばいい という発想が根底にある…らしい。
もちろんそんな戦争は起きず(幸いな事だ)不便なところだけが悪目立ちする結果となってしまった。人類にとっては良い事なのだが、ナナちゃんの自己評価に大きな傷痕を残すこととなる
未来へ…
空軍上層部・スホーイ設計局でも問題は認識していたようで、離陸補助ロケットブースター(JATO)への対応、ダブルパラシュートの追加(着陸時のブレーキ)、すごい速度でも滑走路にのめり込まない為(?!)のソリを追加する…などの改良が逐一施されていった。
根本的には好評だった本機はやがて
"主翼外側を可変式にする"という驚きの改良を受けた発展型、
Su-17に進化。秘めたるポテンシャルを解放したナナちゃん改めSu-17は高速性はそのまま搭載量を3倍強、航続距離も1.5倍近くまで伸ばし2010年代に入っても使われる傑作機となった。細かい改良は無数にあるが、2機の根本的な差は可変翼だけ。繰り返しになるが、潜在能力はかなり高かったという事だろう。
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根本的には同じなんだけど…細かい違いが多すぎて、同じに見えないのもまた事実 |
"防空機案のリサイクル"から始まり、良いとこ悪いところありながらも愛され、発展型も生まれた本機。後にロシア戦闘機界を制覇するスホーイ設計局の歩みは、彼女と共に始まったのである。司令官諸氏も是非、自身をもって彼女をチョイスしてあげてほしい。